芥川龍之介の『歯車』を読み返しました。
この小説の文章1つ1つは、とても重要なものでしっかり読み進めなければならないように感じられるけれども、ふと我に気づくと、なんの意味もないものの連なりにも思える、なんと言えば良いのかわからない、美しさ、と、厳しさに、満ちているような気がします。
最近の小説には、問題作というものも多いけれども、商業的にならざる得ないため、そういう文章が厳しく美しい作品、がないような気がします。(なにか、平易にならざるえず、軽いというか、、、もちろん例外もあると思いますが。。。)。
それは、きっと、小説自体を売るために、出版社がそういう小説しか世に出さないからだろうとも思えます。
数年前、芥川賞や日本の文学賞のことを外国の方が、(批判?)論じていた文章を新聞読んだことがあります。
そこには、もし芥川龍之介が新人賞に作品を送ったとしても、きっとあなたの作品では芥川賞は穫れないでしょう、だから出版は無理です。。。と返答されるでしょう。。。 とありました。
現在はさまざまな時代の変化のため、作品としてのクオリティや新鮮な挑戦に満ちた(文化的?な)ものを出すことがなかなか出来ない時代だと言われています。(サウンド&レコーディングマガジンの特集でも、音楽的なバンドが食べて行けるのはクラムボン、くるり世代で終わりになってしまう(かもしれない?)。と書かれていました。)
最近さまざまなものを制作する職種の方々と話をしながら感じることがあります。
だいたいの方が昔のほうが、クオリティが高いものが作れていたと。。。
そこで詳しく話を聞いていくと、それは技術云々だけではなく、制作側が、それだけ目先の売り上げを考えずに、長いスパンでの利益を考え、制作に時間をかけ、良いものをつくろうとするのか、という姿勢にリンクしていて、そもそも金銭的に今、それが出来るのか?という問題が浮かび上がります。
音楽も、安い制作費である程度のクオリティのものが作れる時代になり、音楽自体が売れない(きちんとおぼえてませんが、音楽産業は、数年前の半分、もしくはそれ以下になっているそうです。)時代だから、制作側もなるべく安く制作費を押さえるため、それに便乗し、制作費が安くそして『とにかくすぐ売れるもの』をキーワードに、ものを作ります。
そのため、作品の質をなおざりにしてしまいます。。。
録音物として良い作品を制作するためには、やはり、時間をかけ、なにが良いのかさまざまな方向から選択し、最小限のものでもなるべくベストな作業環境を探しださなければならないように感じます。
制作費は、それを探し実行するために、必要なものです。。。
出版不況は音楽不況などよりもずっと以前から言われ続けられていることです。 僕が一読者として感じるある種の不穏な感覚は、よく新人賞を穫った作家が、昔の小説しか読まない、小説自体あまり読まない、と発言していることからも、感じられます。。。
もしかしたら、音楽にも同じようなことが起こっているのではないでしょうか?
そこに根本的に何か不可解なものを感じざるえません。
しかし、ものを作る人間は、今ある現状のなかで、少しでも皆に良いと思って頂けるもの、客観的に自分の良いと思うのも、を最善の努力をし、責任を持って、作り続かなければならないと感じます。
来年も僕は、そういうものを作れるように、日々努力をし続けなければならないと感じます。
それを忘れなければ、いつか自分の望むものに辿りつけるのではないか、とも感じます。
信念をもって臨まなければなりません。
僕は、『歯車』のような作品を書いてみたいです。。。
来年もよろしくお願い致します。
この小説の文章1つ1つは、とても重要なものでしっかり読み進めなければならないように感じられるけれども、ふと我に気づくと、なんの意味もないものの連なりにも思える、なんと言えば良いのかわからない、美しさ、と、厳しさに、満ちているような気がします。
最近の小説には、問題作というものも多いけれども、商業的にならざる得ないため、そういう文章が厳しく美しい作品、がないような気がします。(なにか、平易にならざるえず、軽いというか、、、もちろん例外もあると思いますが。。。)。
それは、きっと、小説自体を売るために、出版社がそういう小説しか世に出さないからだろうとも思えます。
数年前、芥川賞や日本の文学賞のことを外国の方が、(批判?)論じていた文章を新聞読んだことがあります。
そこには、もし芥川龍之介が新人賞に作品を送ったとしても、きっとあなたの作品では芥川賞は穫れないでしょう、だから出版は無理です。。。と返答されるでしょう。。。 とありました。
現在はさまざまな時代の変化のため、作品としてのクオリティや新鮮な挑戦に満ちた(文化的?な)ものを出すことがなかなか出来ない時代だと言われています。(サウンド&レコーディングマガジンの特集でも、音楽的なバンドが食べて行けるのはクラムボン、くるり世代で終わりになってしまう(かもしれない?)。と書かれていました。)
最近さまざまなものを制作する職種の方々と話をしながら感じることがあります。
だいたいの方が昔のほうが、クオリティが高いものが作れていたと。。。
そこで詳しく話を聞いていくと、それは技術云々だけではなく、制作側が、それだけ目先の売り上げを考えずに、長いスパンでの利益を考え、制作に時間をかけ、良いものをつくろうとするのか、という姿勢にリンクしていて、そもそも金銭的に今、それが出来るのか?という問題が浮かび上がります。
音楽も、安い制作費である程度のクオリティのものが作れる時代になり、音楽自体が売れない(きちんとおぼえてませんが、音楽産業は、数年前の半分、もしくはそれ以下になっているそうです。)時代だから、制作側もなるべく安く制作費を押さえるため、それに便乗し、制作費が安くそして『とにかくすぐ売れるもの』をキーワードに、ものを作ります。
そのため、作品の質をなおざりにしてしまいます。。。
録音物として良い作品を制作するためには、やはり、時間をかけ、なにが良いのかさまざまな方向から選択し、最小限のものでもなるべくベストな作業環境を探しださなければならないように感じます。
制作費は、それを探し実行するために、必要なものです。。。
出版不況は音楽不況などよりもずっと以前から言われ続けられていることです。 僕が一読者として感じるある種の不穏な感覚は、よく新人賞を穫った作家が、昔の小説しか読まない、小説自体あまり読まない、と発言していることからも、感じられます。。。
もしかしたら、音楽にも同じようなことが起こっているのではないでしょうか?
そこに根本的に何か不可解なものを感じざるえません。
しかし、ものを作る人間は、今ある現状のなかで、少しでも皆に良いと思って頂けるもの、客観的に自分の良いと思うのも、を最善の努力をし、責任を持って、作り続かなければならないと感じます。
来年も僕は、そういうものを作れるように、日々努力をし続けなければならないと感じます。
それを忘れなければ、いつか自分の望むものに辿りつけるのではないか、とも感じます。
信念をもって臨まなければなりません。
僕は、『歯車』のような作品を書いてみたいです。。。
来年もよろしくお願い致します。
